破産−執行行為の否認

【事案】
破産者Aが債権者Bから金銭を借り受けていたが、既に支払期限が経過したため、金銭消費貸借契約の条項に基づき執行力のある公正証書(弁済を猶予)を作成した。
しかし、破産者Aは、公正証書により定めた期日に弁済せず、債権者Bは、公正証書に基づき破産者Aの第三債務者に対する債権を差押え、転付命令を得て第三債務者から弁済を受領した。
その後、破産者Aが破産した場合、破産管財人は否認権を行使して、債権者Bに対し弁済金の返還を請求することができるか。

【検討】
1 本事案では、債権者Bは、公正証書に基づく執行により、転付命令を得て第三債務者から弁済を受領しています。   
そこで、そもそも公正証書に基づく「執行行為」が否認の対象となるのでしょうか。

破産法165条:否認権は、否認しようとする行為について執行力のある債務名義があるとき、又はその行為が執行行為に基づくものであるときでも、行使することを妨げない。

上記条文のとおり、債権者が強制執行により弁済を受けた場合も否認の対象となります。ただし、上記条文は、執行行為の否認の要件を定めたものではありませんので、本事案についても、一般的な否認の要件について検討することになります。

2 では、本事案の場合、否認の対象となるのはどの行為でしょうか。

(1)破産法165条前段「執行力のある債務名義があるとき」    

@ 債務名義が存在する場合にその債務を生ぜしめた行為を否認する場合
例えば、物の引渡しを命ずる確定判決がある場合に物の引渡義務を生じさせた行為(破産者の債権者に対する財産の廉価売却行為)を否認したり、金銭支払いを内容とする債務名義がある場合に金銭支払義務を生じさせた破産者の行為自体を否認したりすることができます。この場合、破産者の引渡義務や金銭支払義務が消滅し、債務名義の執行力も消滅すると考えるのが一般的です。    

A 債務名義を成立させる行為の否認
例えば、裁判上の自白、裁判上の和解、執行受諾(民執22条5号:公正証書における強制執行認諾文言)等の債務名義を成立させる訴訟行為等も否認することができます。この場合、債務名義の執行力が消滅すると考えられます。    

B 債務名義の内容を実現する債務者の行為(履行行為)や権利の実現を否認する場合
例えば、金銭の支払いを命ずる確定判決や登記を命ずる確定判決が存するときに、債務者がした弁済や債務者が協力してなされた登記を否認することができます。また、金銭執行に基づく債権者の配当の受領や、移転登記を命じる判決に基づく債権者の移転登記申請行為も否認の対象となります。この場合、弁済の効力等が消滅し、債権者は受領した給付を返還する義務を負い、債務名義があることを抗弁とすることはできません。なお、債務名義の効力自体は影響を受けず、債権者は有名義の破産債権者となります。

(2)破産法165条後段「執行行為に基づくとき」

対象行為が「執行行為に基づくとき」、例えば、転付命令による債権の移転の場合や、競売による所有権の移転の場合であっても、否認することができます(ただし、担保権の実行としての競売は原則として否認できません。)。 その場合の否認の効果は以下のとおりです。  

@転付命令による債権移転の場合       
転付命令に基づき債権者が第三債務者から既に弁済を受けた場合、破産管財人は、破産法165条前段により債権者の満足を否認して、債権者に対し弁済金の返還を求めることができます(上記(1)B参照)。 弁済未了又は供託された場合は同条後段により転付命令による債権移転という法律効果を否認し、第三債務者に対して支払を求めることができます。     

A競売による所有権移転の場合       
不動産の強制競売の場合、破産法165条後段により目的物の所有権移転という法律効果を否認することができます。(ただし、債権者以外の競落人が競落した場合は同条前段により配当を否認し、債権者から配当金額の返還を求め得るにすぎないとの見解があります。)。

(3)本事案では、債権者Bは、既に公正証書に基づく執行により転付命令を得て第三債務者から弁済を受領していますので、破産法165条前段(上記(1)B参照)が適用され、否認権が行使された場合、債権者Bは、受領した弁済金を返還しなければならない可能性があります。

※ 関連情報
執行行為を否認する場合に否認の要件として「破産者の行為」が必要か問題となります。この点、旧破産法時代の判例が新破産法の下でも有効であると考えられます。

<<判例(破産者に害意ある加功が必要か)>>
@詐害行為否認(最判昭37.12.6)
強制執行を受けるについて破産者が害意ある加功をしたと認められる場合には、その執行行為に基づく弁済は、破産法160条(旧72条1号)により否認しうる。        
A偏ぱ行為否認(最判昭57.3.30)          
破産法162条1項(旧72条2号)にいう債務の消滅に関する行為には本条(旧75条)の執行行為に基づくものも含むが、破産者が強制執行を受けるにつき害意ある加功をしたことは必要ではない。

3 では、本事案の場合、否認の要件は認められるのでしょうか。

(1)まず、詐害行為否認について検討します。    

詐害行為否認の類型は以下のとおりです。

破産法160条1項:財産減少行為(廉価売却等)
同条条2項:詐害的債務消滅行為(債権者の受けた給付額が過大である等)

破産法161条:財産の隠匿・費消等を容易にさせる適正価格による財産の 売却処分行為

これを本事案にあてはめると、破産法160条1項は、「債務の消滅に関する行為を除く」ため、本事案には適用されません。 また、同条2項は「債務の消滅に関する行為であって、債権者の受けた給付の価額が当該行為によって消滅した債務の額より過大であるもの」に限定されるため、やはり本事案には適用されません。 さらに、破産法161条は、「破産者が、その有する財産を処分する行為をした場合」の規定であり、これも本事案には適用されません。 以上より、本事案は、詐害行為否認の要件に該当せず、詐害行為否認は問題となりません。

(2)次ぎに、偏ぱ行為否認について検討します。    

偏ぱ行為否認の対象となる偏ぱ行為は、支払不能又は破産手続開始申立て後(危機時期)の既存の債務についてされた担保の供与又は債務の消滅に関する行為をいいます(破産法162条)。 本事案では、債権者Bが転付命令により第三債務者から弁済を受領した権利実現が、「支払不能」後の「債務の消滅に関する行為」にあたるか否かが問題となります。    

否認の要件は、以下@〜Cのとおりであり、債権者Bの権利実現について以下の要件があてはまる場合は、否認権の行使により、債権者Bは受領した弁済金を返還しなければならないことになります。
@ 適用条文の参照
破産法162条1項 次ぎに掲げる行為(・・・又は債務の消滅に関する行為に限る。)は、破産手続開始後、破産財団のために否認することができる。
(1号)破産者が支払不能になった後又は・・・にした行為。ただし、債権者が、その行為の当時、次のイ又はロに掲げる区分に応じ、それぞれ当該イ又はロに定める事実を知っていた場合に限る。    
イ 当該行為が支払不能になった後になされたものである場合、支払不能であったこと又は支払の停止があったこと   
(ロは省略)
(2号)破産者の義務に属せず、又はその時期が破産者の義務に属しない行為であって、支払不能になる前30日以内になされたもの。ただし、債権者がその行為の当時他の破産債権者を害する事実を知らなかったときは、この限りでない。
同条2項 前項第1号の規定の適用については、次ぎに掲げる場合には、債権者は、同号に掲げる行為の当時、同号イ又はロに掲げる場合の区分に応じ、それぞれ当該イ又はロに定める事実(同号イに掲げる場合にあっては、支払不能であったこと及び支払の停止があったこと)を知っていたものと推定する。 (1号)債権者が前条第2項各号に掲げる者のいずれかである場合
(2号)前項第1号に掲げる行為が破産者の義務に属せず、又はその方法若しくは時期が破産者の義務に属しないものである場合 同条3項 第1項各号の規定の適用については、支払の停止(破産手続開始の申立て前1年以内のものに限る。)があった後は、支払不能であったものと推定する。    

A「支払不能」とは
債務者が支払能力を欠くためにその債務のうち弁済期にあるものについて一般的かつ継続的に弁済することができない状態をいいます(破産法2条11項)。財産がなくても信用力や稼働力がある場合、金融機関からの融資証明書がある場合は、支払不能状態を否定できます(裁判例)。 さらに詳細な要件の解釈は以下のとおりです。
※ 支払能力の欠乏 財産、信用、労力又は技能のいずれによっても債務を弁済する能力がない場合をいいます。
※ 即時に弁済すべき債務を弁済できなこと 既に履行期がきている債務を弁済することができない状態をいいます。
※ 一般的かつ継続的に弁済することができない状態 総債務の弁済について債務者の資力が不足している場合(特定の債務の弁済ができない場合、それが全体的資力不足によるものと判断されなければ支払不能にあたりません。)であって、一時的な資金不足ではなく継続的な弁済不能の場合でなければならないと解されています。
※ 客観的状態 債務者の特定の主観的行為ではなく、第三者から見ても弁済することができない状況にあると判断できることが必要です。

B「支払停止」とは
債務者が支払能力を欠くため弁済期にある債務について一般的かつ継続的に弁済することができない旨を外部に表示する債務者の行為をいいます。なお、支払停止は、支払不能を推定させる効力があります(破産法15条2項)。 ここでいう債務者の行為は、明示的であると黙示できであるとを問わず、受任通知又は介入通知の送付、営業の廃止(閉店等)、銀行取引停止処分等がこれにあたります。

C「受益者の悪意」(支払不能後の偏ぱ行為の場合)とは
破産者に支払不能又は支払停止があったことについて受益者が悪意であったことをいいます。 受益者が破産者の親族又は同居者である場合、あるいは破産者が法人であるときの理事、取締役等の役員、株式会社の議決権の過半数を有する者等である場合、さらに、偏ぱ行為が破産者の義務に属さず、又はその方法・時期が破産者の義務に属しないものである場合は、受益者の悪意が推定されます。

以上
2009/8/3

             


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